ココロのリハビリ24「透明人間」

2018/12/09



建築の学校をギリギリの単位で卒業した僕は、たいした就活もせず内装建築の会社に入社した。


大阪に本社があり自社工場も岡山にある会社で、当時はまだバブルの名残があった建設ラッシュの東京で、新宿都庁や赤坂TBS、聖路加タワー、JT本社、恵比寿ガーデンプレイス、キリンビール本社、テレコムセンターなどの大きな現場から一般のオフィスビルまで、主に内外装のスチール製品を扱っていた。



大阪の本社で入社式を行った後、上野支店の施工管理部の配属になった。新入社員は、明日からしばらく教育担当の先輩社員と行動しながら仕事を覚えるように部長から言われた。


僕の教育担当は「水沼さん」という人で、その日はちょうど現場に出ていたので会えなかったのだが、話ではかなりクセのある人物のようだった。


寮で同じ部屋だった先輩の岡さんに、どういう人なのか聞いてみると「ヤバい人」と言われ、営業の目黒さんは「人間じゃない」と答えた。


僕の中の水沼さんのイメージは一晩で大きく膨らみ、最終的に「安岡力也」の様な強面のおじさんに辿り着き、ヘコんだ。



次の日も水沼さんは現場に出ていた為、水沼さんがいるという霞ヶ関の高層ビルへ担当設計士の佐桑さんと一緒に向かった。
現場に着くと佐桑さんは設計の打ち合わせに事務所へ行ってしまったので、水沼さんを探しに一人で初めて現場に入った。


竣工前の建設中の高層ビルのフロアでは、大勢の人達が大きな音を立てながら一心不乱に作業をしていた。

職人や現場監督の怒鳴り声、地響きのようにフロアに鳴り響く工事の音、慌ただしく走り回る搬入業者など、皆一様に時間に追われていてピリピリした空気が漂っていた。


「人を探す」という仕事しかない新人を拒絶するような、圧倒的な雰囲気に一瞬で飲まれた僕は、何故か居てはいけないような気がした。


邪魔にならないように気をつけながら慣れない現場を探し回っていると、足場の上で作業をしている会社の職人を見つけた。

足場の下で大きな声で作業員に指示出しをしている人がいて、一目見た瞬間わかった。


水沼さんだ。


水沼さんは、安岡力也には全く似ていなかったが、安岡力也の数倍こわい顔をしたおじさんで、ヘルメットの下からちらりと見えた髪型はパンチパーマだった。作業着を着ていなければヤ◯ザにしか見えないだろう。


一気に緊張が高まった。

「新入社員の渡辺です。」と挨拶をすると、水沼さんは「おう。よろしく!」と言い、握手した手はグローブのようにデカく、手の骨が砕けるかと思うほど力強かった。


水沼さんは僕に構わず職人に指示を出し続けていたので、そのまま作業を見ていた。


職人は5人いて、その中でも新米っぽい職人がたびたびミスをして、その度に水沼さんに怒鳴られ、グローブのような手で頭を引っ叩かれていた。


新米の職人は怒られ慣れているようで、殴られても何のリアクションもなく作業を続けていたんだが、遠くないであろう自分の未来の姿と重なって、その場から走って逃げ出したくなった。



そして、2時間くらい過ぎた頃だろうか。

僕は衝撃的な会話を耳にしてしまった。


水沼さんを探しに来たゼネコンの現場監督が、


「武田さ~ん、事務所に電話だよ!」と水沼さんを呼んだのだ!


水沼さん(?)は「おう。今行く!」と言って事務所に行ってしまった。


・・・・・・あれ?


誰だったんだ!?さっきの、おっさん。


作業していた職人に「あの~、さっきの方は?」と聞くと、


職人は「え?武田さんだよ。」と答えた。


「あの~、水沼さんって人は?」


「あ~、みっちゃんなら上の階だよ」


「・・・・・・・・」


武田さんは、うちの会社の下請けの職人の親方で、僕はずっと人違いをしていたのだった。


 

すぐに走って上の階に行った。今日、新人が行く話は伝えてあるので、きっと待ってるはずだ。何時間も下で作業を見ていたので大分遅くなってしまった。もしかしたら怒っているかもしれない。


近くにいた職人から、水沼さんの居場所を聞いた。


職人が「あそこ」と指を指した先に、物凄い音でドリルを使ってコンクリートに穴を開けている職人のすぐ横の喫煙所で、顔の上に開いた文庫本を載せて寝ている人がいた。


近くに行き「すいません。」と、かけた声は近くで作業していたドリルの音にかき消された。少し大きな声で「すいませ~ん」と言ったがまだ聞こえていないようだ。肩を叩いてみたがそれでも起きなかったので、ちょっと揺すってみるとお腹の前で組んでいた手が解けて、片手がブラーンと下に垂れた。
死んでるのかと思って驚いて「すいませ~ん!!」と、大きな声をかけながら両肩を掴んで強く揺すると「なんだよっ!!」と、水沼さんはビックリして上半身を起こした。



1か月くらい剃ってなさそうな無精髭で、エレカシのボーカルのようなボサボサ頭の水沼さんは、体育会系の現場には不釣合いな、どちらかというと売れない小説家のような雰囲気の、安岡力也の10分の1位しかなさそうなガリガリに痩せた男性だった。


僕が挨拶すると、水沼さんは、「あ~、聞いてるよ」とメンドくさそうに言いながら横になると「二日酔いなんだわ。」と言ってまた寝てしまった。


二日酔いなのに、こんなうるさい所でよく寝れるな、と思いながらも、仕方ないので所在なく現場をフラフラしていると、下の階で作業をしていたさっきの親方がやってきた。


親方は僕に「起きねーだろ?」と言って、水沼さんの所に行くと「おい、みっちゃん起きろ!!」と、寝ている所を乱暴に蹴り飛ばした。


水沼さんは「痛ってーなー!」と親方を睨みつけながら不機嫌そうに起き上がると、ぼんやりしながらタバコを出して「そこの新入社員くん、コーヒー買って来てくれ」と、寝起きのガラガラ声で僕に言った。



親方は「こんなとこで寝てられるの、この人だけだから。」とガッハッハと笑った。
 


仕事量は完全に許容量を超えていた。


設計士との打ち合わせ、ゼネコン担当者との顔合わせ、工程の打ち合わせ、製品の発注、搬入の予約、打ち合わせ、搬入業者への指示出し、立ち合い、検品、施工業者の手配、見積もり、職人と打ち合わせ、工事の立ち合い、進捗状況の確認、ゼネコンへの報告、手直しの依頼、etc、時には自分で図面を引いたり、施工の手伝いをする事もある。


そんな現場が新しく次々と入るので、仕事が終わるのはいつも終電近くで、徹夜や休日出勤も多かった。


大きな現場をいくつも抱えていた水沼さんも新人教育などする余裕はなく、僕は一人で現場に放り出された。


「仕事は現場が教えてくれるから」と、水沼さんが言った通り、右も左もわからなかった僕は毎日追い込まれ、職人やゼネコンの現場監督に怒られながら仕事を覚えていった。


なんの問題もなく現場が進むことを前提として、工事の工程が組まれ図面が出来るので、なんの問題も無いはずの現場を陰で仕切る管理の仕事は結果が形として残らず、報われることはない。


怒られることはあっても、褒められることはない。


と、愚痴を言う暇もなく、次々と入る新規の仕事が考える時間を与えない。



水沼さんは、仕事、そして酒とギャンブルに取り憑かれていた。


毎日仕事が終わると飲み屋か雀荘に行き、サウナや会社に泊まる生活をしていた。
家が無いのでは?と噂されていたほど、ほとんど家に帰ることは無かった。


水沼さんの行きつけのスナックに行った時、ママは酔いつぶれて寝てしまった水沼さんを哀れむような目で見ながら「この人、なんのために仕事してんのかね~」とボソッと言った。


僕も、その時はそう思った。


 

透明人間


一人で仕事ができるようになった頃、僕の担当していたある現場が難航していた。


西新宿のオフィスビルで各階のスチール製品と、建物のメインとなる1階の大きな柱を覆う円柱のパネルを、うちの会社が担っていた。


円柱パネルは、傷がつかないよう一番最後に工事する段取りだったのだが、カーブの部分がなかなか合わず、2回も工場へ送り返されていた。


1回目の時はゼネコンの担当現場監督にもまだ余裕が合ったようで、苦笑いで済んだんだが、2回目に直してきた製品が合わなかった時は、工期が迫ってきていることもあって、笑い事では済まなくなっていた。


現場監督から「ちゃんとせ~よっ!!」と怒鳴られたが、その現場監督も上司から怒られ、裏で殴られているのを見ていた僕はただ謝るしか無かった。


もう失敗は許されない。次も合わなかったら竣工日が完全に過ぎてしまう。


結局、岡山の工場から人を呼び実際に現場を見てもらい、設計士も岡山の工場へ送りこんで、最初から作り直す運びとなった。


計画と搬入工事日を現場監督に言うと「いい加減、頼むわ~」と泣きそうな顔で言われたが、間に合うとわかると少しホッとした様子で、何とか以前の様な和やかなムードに戻ってくれた。



そして、無事製品が出来、予定の日に搬入できることになったのだが、あろうことか僕はその日、風邪を引いてしまった。

高熱があり、とても動ける状態ではなかったので、仕方なく職人に任せて現場には行かなかった。


もしかしたら、どこかで(行かなくても大丈夫だろう)という気持ちがあったのかもしれない。



 

次の日、会社に行くと事務の女の子が慌てながら、「ナベちゃん、昨日、新宿の現場監督が凄い剣幕で「渡辺を出せ~!!」って、怒って電話して来たよ!」と言った。



「モノはバッチリ合っとったらしいんやけどなぁ・・・色が違っとったらしいわ。。かなわんでホンマ。」


職人から事情を聞いていた部長は、他人事のように僕に言った。


マジか!!休んでいる間、かなりヤバい状況になっている!


今すぐ走って現場に駆けつけるべきなのだが、事務の子の慌てぶりから想像すると、先方はメチャクチャ怒っているようだ。


できれば、上の人間も一緒に連れて行きたい。


いつも、ヒマそうにしている部長が適任だろう。
というか、他にヒマそうにしている人は社内にはいない。


ゴルフ雑誌を読んでいた部長に目で訴えてみた。


(一緒に行ってください!)


すぐに僕の訴えを察知した部長は、視線を落としたまま言った。


「俺は行けへんぞ。他に仕事があんねん」



・・・・・ダメだ。この人に頼ろうとしていた僕がバカだった。



僕は、あきらめて「タバコ吸って来ます」と言ってベランダに出た。


外は悲しいくらい気持ち良い晴天で、タバコの煙が深いため息とともに吐き出された。


何も考えられず、ぼんやりと空に溶ける煙の行方を眺めていると、部長から死刑執行人役を言い渡された水沼さんが来て、僕の肩に手を当てて優しい声で言った。


「ナベ、死んでこい」と。 



重い体で準備をしてエレベーターを待っていると、後ろから視線を感じた。


振り返ると部長がこっちを見ていて、無言でガッツポーズをした。


僕は、(いつも一番ヒマそうにしてるくせに、何で今日だけ仕事があんねん!オマエも来いや!!)と心の中で叫びながら会社を出た。




山手線から中央線に乗り換えた。新宿に近づくにつれ体が重くなる。


駅から現場まで歩く足取りは、次第にゆっくりになっていき、現場が見えた時ついに足が止まった。


(消えて無くなりたい。透明人間のようになれたら楽なのに)と思った。


いや、このまま逃げちゃおうか。


そうだ、彼女を誘って湘南へ行こう。


浜辺でゴロゴロして昼寝でもしよう。


海鮮丼とビール飲んで、そのあと温泉でも行こうか。


なぜか、数日前どうでもいことでケンカして、それから口を聞いていなかった彼女の声が聞きたくなった。


今だったら素直に謝れる気がする。


これも、現実逃避の一種なんだろうか。


などと、しばらくその場に立ち止まって考えていたんだが、最後は諦めた。



遅くなれば遅くなるほど事態は悪化する。



遠隔操作されるラジコンロボットのような体だけが、その場で動けずにいた僕の中身にコントロールされ、ゆっくり現場に向かって歩いていった。



緊張しながら、事務所に入ると現場監督がいつもの席に座って仕事をしていた。


机に立てかけられていた、でかいハンマーを見た時、


(あ~なるほど、そのでっかいハンマーで僕の頭をかち割る訳ですか。準備万全じゃないっすか~!)


と、殴られる前から殴られた後になるであろう、おかしなテンションになり、5分後の自分の姿を想像すると力が抜けた。


(もう、どうにでもしてくれ)


フニャフニャの状態で監督の元へ向かい、電車の中で1000回くらいイメトレした通りに「すいませんでした!!」と、頭を下げると



「・・・・・・」


あれ?シカト?


「あの~・・・この度は・・大変ご迷惑をかけて・・・」



「・・・・・・」



リアクションが全くない!


もしかして、本当に透明人間になってしまったんだろうか!?


と思った瞬間、

現場監督は机に置いてあったヘルメットを持ち、立ち上がると



「この、ダボォッ!!!」



と、何語なのかよくわからない言葉を発しながら、ヘルメットで僕の頭を思い切り殴った。


もちろん、僕もヘルメットを被っていたのだが、十分すぎるほど痛く、しばらく目がチカチカした。



その後、1日かけて現場をくっついて回り謝り続けると、日が暮れかけた頃ようやく一人の人間として話をする事を許してもらった。



這う這うの体で現場を出ると、さっき置き去りにしていたラジコンロボットの中身はおらず、いつの間にか僕の体の中に戻ったのだろうと思った。

     


他の現場を回って会社に戻った頃にはだいぶ遅い時間になっていたが、会社の電気はついており、中に入るとみんな待ってくれていて、冷え切っていた心が少し温かくなるのを感じた。


いつもは定時で帰ってしまう部長まで残っていて、「戻りました」と言うと「お疲れさん。まあ一杯やれや」と缶ビールを渡された。


その場で立ったまま一気に飲み干すと、抑えていた涙が溢れ出した。



部長にそこまでの経緯を話していると、他の部署の人たちも僕の話を聞きに集まり、ヘルメットで殴られたくだりを話した瞬間、みんな爆笑した。


水沼さんは「これで、ナベも一人前だなあ!」と笑って言ったが、これが一人前なのか?と僕は神経を疑い、会社の将来を不安に思った。



しかし、実は僕が現場監督に殴られている時、部長も現場に来ていて所長と話をつけており、水沼さんは工場に電話して塗装班を怒鳴りつけ東京に向かわせる段取りをしていたらしく、最終的に丸く収まったのは僕が現場監督から殴られたおかげではないとわかった時、改めて自分の小ささを思い知った。


そしてその時、水沼さんが取り憑かれたように仕事をしている理由も少しわかったような気がした。

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